東京タイムズ

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本誌特別取材班 2018年10月28日

中核派が若手路線へ転換 何が変わったのか?29歳の「前進チャンネル」キャスター洞口朋子さんに聞く

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 9月1、2日に開かれた中核派・全学連大会で全学連委員長に高原恭平氏が就任することが発表された。高原氏は1996年生まれの21歳だ。東京大教養学部2年生である。これまで中核派・全学連委員長といえば、20代後半が多かっただけに、かなりの若返りだ。
 中核派とは革命的共産主義者同盟全国委員会の愛称。「日本の革命の中核になろう」という志から中核派と自称し他称されてきた。
「反帝国主義・反スターリン主義プロレタリア世界革命」を掲げ、公然拠点は江戸川区の前進社にある。機関紙は「前進」、機関誌は「共産主義者」で、「前進」は週に二回、発行されている。警察白書では「極左暴力集団」、マスコミは「過激派」と呼び、知識人からは「新左翼」と呼ばれている。同じ革命を目指す「革マル派」との死者をも出したいわゆる”内ゲバ”や三里塚闘争、旧国鉄解雇職員の支援で知られている。
 中核派も近代化してきたのか、「前進チャンネル」というYouTubeチャンネルを持ち、登録者数は3000を超え、動画総再生回数は70万を超えるという。キャスターは、キャスターは29歳で「可愛い」とネット民から評判の洞口朋子さん。ここでも若返りが図られている。私は洞口さんに、代々木公園で独占インタビューに成功した。以下、インタビュー。

ーーーまず大学に入る前に、までのご経歴と言うか幼少の頃からのご体験をお伺いできますでしょうか。

はい。私は2008年に法政大学に入学するんですけどもそれまでは高校卒業して、しばらくはフリーターとして居酒屋でアルバイト生活をしてました。子どもの時から両親が中核派ということで、デモや集会には度々連れられていました。

ーーーご出身はどちらでいらっしゃるんですか。

出身は宮城県です。

●宮城出身だから3.11で周りに被害があった

ーーーそうしますと東日本大震災の何かエピソードとか周りでの被害者とかいらっしゃいましたら、どう思われたか伺えますか。

2011年3月11日当日は私は東京にいたんですけれども、あの地震があって、ライフラインも止まって、連絡がつかないということで実家とか宮城や東北の仲間たちに会いに2、3日後に救援物資を届けに宮城に行きました。
その時のことは非常によく覚えていて、地震や津波で亡くなった人達は私の親戚にはいませんでしたけど、多くの犠牲者が出たということで、とても記憶に残ってます。

ーーー周りでは被害者の方は特にいらっしゃらなかった?

怪我をしたり家を失ったりした方はいましたけど。

ーーーそういう人達のお声を聞いたりはしたんですか?

そうですね、実際に現場に行って話を聞いたり、その直後には会えなかったけれどその後落ち着いた時に話を聞いたりはしました。

ーーーどのような話を聞いたのかということと、お話を聞いた被災者の方の印象を伺えますでしょうか。

そうですね、本当に皆生き抜くために必死で、やはり当時民主党政権でしたけれど政府の対応に対しては批判的な人達が多かったですし、私も原発事故があってその後の政府の対応に怒りを覚えましたし。あの3.11を通してやっぱり多くの人たちがこの国のあり方をおかしいと。これがこの国の姿なんだということを自分たちの目で見たという、そういう貴重な体験だったかなと思います。

ーーー中核派は元々原発政策に反対ですが、原発事故を受けて原発政策についてどのような印象を、ご感想をお持ちになりましたでしょうか。

私も原発事故が起きてから、原発と人類は相容れないんだという事を非常に痛く実感したというのが正直なところかなと思います。

●法政大学の学生弾圧がキッカケで中核派に

ーーーご両親が中核派だったという事ですけれども、中核派に入ったきっかけっていうのは何だったのか伺えますか。

私は元々両親の影響はもちろんあったとは思いますけれど、自分の意思で自分の考えで活動に関わるというのは直接的には法政大学で学生弾圧が起こって、それが2008年なんですけど。
私と同世代の学生たちが法政大学でビラをまいたり集会をやったり、声を上げ行動していることを弾圧されてるという事を知って、今大学で何が起こってるんだろうという非常に興味を持ち、そしてどうやって自分が生きていくのかっていう、フリーターでアルバイトをしながらどうやって人生生きていこうかっていうことを丁度悩んでた時期ではあったんですけれども。
やはり自分も活動をして、そういうのに関わっていきたいなという風に思ったのが自分のきっかけでした。

ーー一番最大のきっかけって学生弾圧だったという事なんですね。

そうですね。

ーーーどういう学生弾圧だったのか伺えますでしょうか。

当時2008年はちょうどあのサミットが行われた年で。そのサミットに対する政治的な抵抗を…

ーーー洞爺湖サミットですね。

そうです洞爺湖サミットです。その時に学生労働者が全国各地で、洞爺湖でも反対行動がありましたけども、それを大学の中でも訴えた。それのみならず、その過程で学生が逮捕されてるんですけど。大学で学生が逮捕されるということが連続的に起こっていて。それに対して学生たちが全国から集まって法政大学の現実を変えようというデモをやったんですね、学内デモ。それを建造物侵入で一斉に警視庁公安部が逮捕する方法で、20日間で38人が逮捕されるという事件がありました。

ーーー逮捕されたのは学内なんですか。大学に警察が入ってきた訳ですか。学問の自由と独立を言いながら。

はいそうです。それが私的にはかなりショッキングな出来事と言いますか、やはり大学で学生がデモやったら公安警察100人が学内に突入して、一斉に全員逮捕をする。これはなんかただならぬことなんじゃないかなと。1大学だけの問題じゃないんじゃないかというのが私の受けたイメージで、やっぱり自分もそれに関わって行こうと、私もそういう弾圧とか国のあり方に対して声を上げて行こうと思ったきっかけでした。

ーーーそれで学生弾圧があって、政治的に目覚めたと。その後法政大学ではどのような活動をされましたか。

私は大学に入学して、様々な大学がかけてくる規制に対して反対の声を上げてきました。法政大学では学生が何か行動する手段、政治的な発言をする手段っていうことがほとんど奪われていて、ビラをまくこともできない。集会ももちろんで駄目で、拡声器で演説するのも駄目っていう、こう本当に何もできないという大学なので、大学側は学生が声をあげるとすぐに処分と規制を守らないっていうことで呼び出しをしたりしました。それに対して私たちはおかしいということを学生に呼びかけて、大学を変えようということを訴えていました。

ーーー何かサークルか何かに入られたんですか。

私は社会科学研究会でマルクス経済学を学ぼうというサークルにも入ってましたし、あとはこれはサークルだけではないんですけれども、あの当時の政治的なテーマに対して沖縄の基地問題とか。大学で軍事研究が行われるとかそういうことに対して、学生として声を上げて行こうという事を訴えていました。

●無期停学になって除籍

ーーーそうですか。処分とかされなかったんですか。

無期停学になりました。

ーーーそれはきっかけは何だったんですか。

それは当時法政大学が一方的に学園祭でお酒を飲んじゃいけないという規制をかけてきまして、それに対して。大学の学園祭は今ほとんど首都圏の大学は禁酒になってしまったんですけど。大学でまあ学生の自治が奪われる事におかしいということを声を上げたり。あと当時あの沖縄の基地建設問題がすごく政治的なテーマになっていたので。

ーーー2009年のことですね。

そうです2009年、政権交代後なんですけど、その時に沖縄の基地建設反対っていうあの署名を大学の中で集めたんですね。教室の中で授業前に、休み時間中に署名を集めたり規制に反対しようっていうことを呼びかけるクラス討論をやったんですよ。そしたら弾圧職員が5人ぐらいで取り囲んで「お前は授業妨害だ」と言うので私を教室から叩き出して。その時の授業妨害で無期停学って言う風になりました。

ーーー無期停学になったのは何年ですか。

それが2010年です。

ーーー無期停学はどれくらい続いたんでしょうか。

基本的には大学側に謝罪して、まあそれこそ申し訳ありませんでしたということを言わないと処分は解けないので。私はそういう大学に謝罪するつもりはなかったのでそのままなんですけど。無期停学なのであの学費を納めないとすぐに除籍になるんですね。私はそんなに学費を収められるほどのお金も無かったので、すぐ除籍になりました。

ーーーご両親は活動に対してご理解はあるのでしょうか。どう思っていらっしゃいますか。

そうですね、両親は二人共中核派で母親は中学生の時に病死してるんですけども、父親は今も健在でとても応援してくれてるという感じです。

●大学でマルクス主義を勉強

ーーー大学でマルクスを学ばれたとの事なんですけれど、資本論を読んだ感想と、マルクス主義に触れた感想について伺えますでしょうか。

私はマルクスの共産党宣言を高校生の時に読んだことがあって、当時はもう何を書いてるかよくわかんなくて一人で読んで挫折したんですけども。大学に入ってマルクスの書物とかレーニンの書物とか色々読むようになって、率直に私達の今の現代にも、そのマルクスの思想マルクスの哲学ということは活かせるんじゃないかという風に思ったのが率直な感想ですね。同じ状況、同じ資本主義の矛盾がマルクスの時代から今に至るまで一貫して解決されないまま来てるって言う事をすごく思いました。

●資本主義は終焉を迎えつつある いまこそ世界革命の時

ーーー今アメリカでは、民主的社会主義者と呼ばれたバニー=サンダースさんが米国大統領選挙・民主党予備選でかなり健闘をされましたし、イギリスではコービン労働党党首、これも社会主義者ですけども人気がある。ヨーロッパ中のみならず世界中で左翼勢力というか、資本主義社会の終焉みたいな事が言われてますが。今の資本主義体制は今後どうなると思うか。

資本主義社会が資本主義である以上、やはり貧困の問題あるいは戦争的な世界各地での激突っていうことは避けられないであろうと思いますし。だからこそマルクスの思想ですけど、労働者がこの世界を動かしているのにもかかわらず、その労働者が殺されていく、権利を奪われていくというこの社会をやはり根本的に変えない限り資本主義社会の枠内での変革ということだけではこの世界は変えられないだろうという風に思っています。

ーーー要は修正社会主義ではなく革命を目指すという事ですか。

はい。

ーーーどのような革命をしたいとかお考えがあればお聞かせ願えますか。

私は革命の青写真みたいな事が別にかっちりとしたイメージである訳ではないんですけども、結構社会主義とか共産主義って言った場合に率直にイメージが出てくるのはソ連だったり。北朝鮮だったり中国だったりすると思うんですけど。
私たちはその今の中国や北朝鮮かつてのソ連が辿った道を歩むべきではないという風に思っていて、それは全くマルクスの思想やレーニンの思想・革命のあり方というものとは全く違うものだなという風に思っているので、やはり労働者が国家を握る、労働者が資本家から生産手段を奪い、労働者が生きられる社会を自分たちで運営していくっていうことはまず前提だと思うんです。それは一国ではできない、やはり世界同時。世界での革命が必要だと思います。

ーーー世界同時革命という事ですね。

必要だと思いますが。同時に起こるとはなかなか難しいと思いますけど、やっぱりどこかの国が革命を行ったらそれに全世界がつながっていく、続いていくってことが私は不可能ではないと思ってないという風に思ってます。

●中核派の暴力革命・武装闘争について

ーーー中核派に反発する意見として暴力革命とか武装闘争を否定しない事を挙げる人がいますがそれについてはどうお考えでしょうか。

それは結構、革命を巡っての問題としては一番重要な問題なのかなと思っています。中核派は暴力を認めているじゃないかという意見が結構あるんですけども、私達の言う暴力というのは国家の暴力じゃなくて国家の暴力に対する人民、民衆の抵抗運動、実力闘争の事を暴力も辞さずに戦うという風に表現しているんです。だから私たちは一つ分かりやすい例としては自衛戦争という言葉があって、やはり私達中核派の主張する暴力革命という事は危険なんだけれども自衛戦争はいいんだっていう論理って、結局国家の暴力は認めてしまっている。国家の自衛隊とか軍隊とか暴力装置っていうことについては容認している。
それでは戦争は止められない、社会は変えられないんじゃないかっていうのが私は思う所です。やはりどの歴史を見ても世界中の革命運動・社会運動を見ても、やはりいつの時代も社会を動かしてきたのは民衆です。名もなき人達の実力の戦い、本当に命がけの戦いだったと思っています。なので私たちはその実力闘争だったり実力の抵抗運動ってことを絶対に廃したりはしないし、そこに連帯していくというのが私たちのスタンスだと思ってます。

●中核派の若手路線について

ーーー中核派で前面に出る人はご年配の方が多かった。それが若手路線になったのは何でだと思いますが。それについて伺いできますでしょうか。

一つの運動体として、やはりどんどん世代交代と言いますか、次の若い人たちに自分達の運動をつないでいくっていうのは常にはよくあることなのかなと思います。それがあるべき姿なのかな?やはり私達の運動がもっともっと大きく、そして力あるものになっていくための通る道といいますかね。だから私たちもどんどん次の若い人たちにつないでいくって、継承していくっていう事がやはりひとつの革命運動にとって非常に重要なことなのかなと思っています。

ーーー高原さんが東大現役生でいらっしゃいますけれども、まだ22歳。高原さんみたいな若い方が全学連・委員長に就かれた事はどう思いますか。または高原さんの魅力でもいいですが。

高原委員長はとても真面目で、東京大学っていう日本の主要なというか日本の柱である大学で、それは時の政権からしてもとても重視してますよね。
やはり官僚を多く生み出したり、政治家を多く生み出したり。そういう東京大学の中からついに闘う学生が出てきた。しかも全学連の委員長を引き受けてくれるような人間が出てきたというのが、今の時代を象徴しているかなという風に思います。

●フリーター生活を通して見えてきたこと

ーーー分かりました。フリーター時代があったという事ですが、フリーター時代はどういうバイトをしていたのか伺えますか。

居酒屋です。

ーーー居酒屋ですか。何年くらいお勤めになられましたか。

居酒屋は2年ぐらいですね。高校卒業して2007年から、そうですね、二年弱です。

ーーー居酒屋で働いて例えば感じたことってありますか。労働者の搾取とか色々な問題があるかと思いますが。

そうですね、やっぱり居酒屋なので深夜労働なんですね。深夜時間の時給がアップするという事とかがけっこう有名無実化している。そういう手当みたいなものが殆ど付かない。コンビニと同じで一人雇われ店長がいて、その下にアルバイトが入っているような構図だったんです。店長も本当に毎日疲弊していましたし、給料も安いですし、同じアルバイト仲間の中でも本当ストライキやろうかみたいな話が出るぐらい。その店だけじゃないと思いますけれど、社会全体のこうなってるんだろうなっていうことを実感した職場でした。

●中核派の若者政策・女性政策

ーーー若者と女性を守る具体的な提案や政策があれば伺えますか。

やはり色々色々、若者の雇用対策とか、女性の賃金の問題とかいろいろ対策を出しています。安倍政権は女性の活躍とか言ってますけど、そんなの真逆の意味だと私は思います。やはり最大の問題は、女性も若者も生きていけないって言う貧困の問題っていうのは非常に大きいと思ってますし、若者と女性の怒りとか葛藤とか。それをどこで発散できるのかと。
どこにその怒りが集まってるのかって言うと、集まる場所がないんですね。怒りをぶちまける場所がない。
労働組合がもうほとんど無いに等しい。むしろ反動化しているということに対して、やはり女性や労働者、青年が本当に声を上げてそして行動していける運動を作りたい。

ーーー若者政策、国政レベルでいいんですけども、例えばロストジェネレーション世代、就職氷河期だった時は50%ぐらいしか雇用されなくて。今ロスジェネ世代の正規雇用が大体50%、非正規も50%。女性に限ると35から45歳だと正規雇用率が8%ぐらいしかない状態があります。それで若者政策として例えばそういうロスジェネ世代を公務員するとか具体策もあります。洞口さんはどのような若者政策を具体的に持っていますか。

私は一つは労働組合が力を持つこと。これが一つ重要な若者や女性だけにとどまらず、すべての働く人たちを包摂する運動体として絶対に必要だと思っています。
世界を見た時に労働者が力を持っている国というのは、やはり労働組合が力を持っている国が多いと私は感じてます。
あとやはり労働者の今非正規職化が大問題になっていて、女性はもう二人に一人が正規職っていうことが言われてますけども、やはり非正規職は撤廃以外にないというのが私の立場です。それはあの安倍政権の言っている限定正社員とか、今の正規職の概念をなくすっていう意味での正規職撤廃ではなくて、本当に全員を正社員化しろと。非正規職という概念をなくすことが自分は重要だという風に思ってます。

●セックスワーカーについての見解

ーーーそれでフランスだと性労働、セックスワークに対して左翼が2つに分かれています。労働者として権利を認めるべきだと言う人と、やはりこれは搾取だから法律で買春禁止法が社会党の時に通りましたが、性労働についてはどう思いますでしょうか。

それは日本も根強く残っている問題だと思っていますので、私達としては働く女性の権利を守るという事は必要な運動だと思いますし、やはり究極的には自分達は性労働というものが必要のない社会、それをなくして生きる社会を目指していくっていうことが一番重要かなと私は思っています。

●革マルとの内ゲバ

ーーーあと何点か伺いたいと思うんですけども、中核派を語る上で革マルとの内ゲバについて避けて通れないと思いますが、世代的に全然違いますがその頃の事とか何かお感じになっている事というのがあれば伺えますか。

私は必ずマスコミの方の取材の時に、革マルことはかなり聞かれるんです。
私はああいう形での革命運動を名乗っておきながら、闘う労働者、闘う政治党派に襲撃をかけるという、そういうファシスト団体っていうこととの戦いを本当に死闘戦ですよね。互いに死者を出しながらの戦争をやってきたと。
それは私はその戦いがなかったら、中核はとっくに革マルと国家権力によって潰されていたと思いますので、私は中核派そしてそれを支える多くの人たちの力で、今の中核派があると思う。
本当に多くの犠牲を出しながらです。そういう革命運動の道を辿ってきたっていう風に思うので、私はその戦いがあって、今私たちがこうやって活動できてるっていうことそのものが、私はちゃんと受け止めなきゃいけない問題かなという風に思っています。

●社会問題に関心を持ったキッカケ

ーーー政治社会運動にいつ頃から関心を持たれたという事を伺えますか。

きっかけは私が中学生の時にイラク戦争が起こったんですね。2003年ですね。イラク戦争が起こって、テレビで空爆の映像を見ましてその時には実際に戦争が始まったっていうすごい衝撃を受けたんですね。両親がずっと戦争反対の運動をやっていたので「あ、こういう事を両親は止めたかったんだ。」と感じた。戦争反対っていう運動の大事さ、それを実感しましたね。私の意思で、当時宮城でもイラク戦争反対の色んな行動があったので、それに私も中学生ながら行って、デモに入ったり集会に行ったりそれがきっかけでしたね。

ーーー中核派の最大の魅力について是非アピールして頂けますでしょうか。

中核派の最大の魅力は、そうですね、自分達の運動のためじゃなくて労働者全体、社会全体の人達のために戦うというか、そのことを徹底的に追求すると党派だと私は思っています。やはり戦争に絶対反対。
自衛権自衛戦争にも絶対反対。
労働組合の解体にも絶対反対っていう絶対反対を貫く党っていうのは意外とないんですよね。けっこう妥協したり政治家とか会社と手を結んだり、そういう運動じゃなくてやはり絶対反対を貫く、そして国家権力に負けないその弾圧にも負けない党だというのが私は一番の魅力かなと思っています。

 

●朝鮮有事、尖閣有事にどう対峙するか

ーーー今の話を聞いて思ったのですけど、自衛戦争の反対という時に朝鮮有事とか中国の尖閣諸島の問題が言われてますが、そういう時は国が立ち上がるのではなく人民が立ち上がるという立場なのでしょうか。

私達はもちろんそうですね、自衛の戦争があって侵略戦争があってと戦争に2種類あるかのような言われ方がされるんですけど、侵略戦争っていうのは自衛の戦争として始められるよねっていうのが前提にあります。
だから裏と表、コインの裏と思ってたと思っていて、だから侵略戦争やりますって言って戦争を始める国はない訳です。
やはり自衛のため自存自衛のために戦争やるんだって、かつての日本がそうでしたけど。そうやってその国民人々を総動員して戦争に入っていく。
そういうことに私たちは反対、自衛のための戦争だったら相手の国を滅ぼしちゃっていいんだっていう考え方に反対っていう事ですね。
だから北朝鮮の問題も中国の問題も、そのイラク戦争の時もそうでしたけど、イラクの問題もやはりその国の労働者が必ず立ち上がるんだということが私たちの思想の中にはあります。

ーーー各国との人民の連帯によって戦争を防ぐと言う立場でやっていくと。

そうです。まさにそうです。はい。

ーーー最後に全国の方へのメッセージを頂こうと思います。

私は中核派の活動家としてずっと活動してきました。本当に全国で戦争と改憲を止める労働者の生きられる社会をつくるために全力で頑張りたいと思ってますのでよろしくお願いします。

ーーーありがとうございました。

●インタビューを終えて

 今年5-7月にわたって、パリに滞在した。フランス版全共闘『68年パリ5月革命』から50周年のということもあり、ほぼ全メディアといえるほど週刊誌・月刊誌・新聞・テレビ・ラジオが特集を組んで、肯定的に革命の意義を解説した。学生指導者の「赤毛のダニー」ことダニエル=コーン=ベンディット前欧州議会議員は未だにスターだし、国籍がドイツであったため、5月革命後、フランスからドイツに追放されると、ドイツ緑の党結成に関わり、フランクフルト市の助役を務め、1999年の欧州議会議員選挙でフランス緑の党から立候補したときは(欧州議会議員選挙にはEUの国の国籍があればどの国からでも出馬できる)、「ダニーの帰還」としてフランスのメディアは歓迎し、フランス国籍さえすれば大統領になれるのでは?とまでいわれた。欧州議会では各国緑の党から成る『欧州緑の党』代表を引退する2014年まで務めた。
 私が中核派を取材しようと思ったのは、フランス・メディアが日本の全共闘・取材のために、中核派を取材していたことによる。しかし、フランスでは全共闘50周年を全メディアが特集するのに、日本ではほとんどと言っていいほど、取り上げられなかったのはなぜか。いや、むしろ、忘れ去られたい過去となっているのはなぜか。

●死者113名を出した陰惨な内ゲバ

 その理由はまず、左翼党派による死者をも出す苛烈極まる内ゲバが起きたことだった。とりわけ、ひどかったのが革マル派と中核派による殺し合い・武力衝突である。左翼党派による内ゲバの死者総数は113名にも上るという(『検証 内ゲバ〔PART2]』(社会批評社)。
 次に過激なまでの武装闘争であった。その帰結が「浅間山荘事件」であり、日本赤軍による『ダッカ日航機ハイジャック事件』であり、赤軍派による『よど号ハイジャック事件』だった。
 中核派は未だに革マル派を「ファシスト」として敵視し、武装闘争も辞さない。革命のための「武器」を所持しているか否か、何処にあるかを含めて、国家権力の介入を理由にして、明らかにしていない。
 今回のインタビューで、洞口さんは「武装闘争」を支持し、革マルとの周囲から見た”内ゲバ”を”闘い”として肯定するが、はたして、どれだけの国民が理解しうるだろうか。
 あと、フランスと違うのは、同国の極左政党は党首クラスを専従革命家でなく、一労働者が担っている点だ。たとえば、フランスの最大手銀行クレディ・リヨネで受付として勤務していたアルレット=ラギエ「労働者の闘い」前党首は1974年から6回も大統領選挙に挑戦した。同党は「暴力革命」「プロレタリア独裁」を掲げながらも、5%以上の得票を得ることもあった。あるいは中核派と同じ名称の「革命的共産主義者同盟」(LCR、現『反資本主義新党』)のオリヴィエ=ブザンスノ前党首は2002年に27歳で大統領に出馬し、2007年にも出馬し、共に5%以上の得票を得た。彼の仕事は郵便配達員。早朝に郵便センターに出社し、自転車に乗って週5日、郵便物を配達するのが仕事だった。私は彼のファンで一度、握手をしたときの記憶が忘れられない。ザラザラでゴツゴツとした労働者の手をしていた。フランスでは現役の労働者をトップに担ぐから、国民から支持されてきた。中核派のみならず、極左・左翼党派のトップは専属の活動家だったり、弁護士などだったりする。これでは、国民・大衆からは支持されないであろう。
 次にフランスと異なるのは、極左・左翼が連帯することだ。同じ革命政党の『労働者の闘い』『革命的共産主義同盟』は小異を捨てて大同に就く路線を一時とり、比例制の欧州議会議員選挙では、連携し、共同名簿をつくって、それが功を奏し、当選者を出した。さらに、2005年の欧州憲法条約の反対運動では、両党と社会党の反主流派、フランス共産党、過激な武力闘争で知られる逮捕歴多数の反グローバリズムの闘志・ジョゼ=ボヴェ現欧州議会議員、トービン税の実現を目指す市民団体『ATTAC』が共同戦線を張って、反対運動を盛り上げた。まさに、多種多様、小異を捨て、中異をのこして、大同についた。日本では残念ながら、左翼党派がいがみ合ってばかりで、連帯することはない。

●世界同時革命の非現実性

 最後に指摘したいのは、洞口さんが仰った世界同時革命を果たして、国境のない労働者による世界を目指すという理想についてだ。ミッテラン政権で外交顧問を務め、ジョスパン内閣で1997年-2002年に外務大臣を務めた「外交の碩学」ユベール=ヴェドリーヌ氏(ハーバービジネス・オンラインでインタビュー記事が公開)は「『国家』の復権」(草思社)で、世界市民や国境なき世界、欧州合衆国という国家解体の試みの非現実性を論証し、「国家の復権」を提唱した。左翼が国家主権主義を説くのである。氏の議論は明確だ。故サミュエル=ハンティントン博士の「文明の衝突」の論理の粗雑を指摘しながらも、氏の説は大筋合っているという立場をとる。世界を『中華文明』『ヒンドゥー文明』『イスラム文明』『日本文明』『東方正教会文明』『西欧文明』『ラテンアメリカ文明』『アフリカ文明』に分類し、それぞれが衝突するという議論だ。『文明の衝突』が出されたのは1996年だが、実際に、『ヒンドゥー文明』と『イスラム文明』、『イスラム文明』と『西欧文明』、『中華文明』と『日本文明』などなどが衝突しているのが、現実の国際政治だ。ハンティントンの予言は大筋当たっている。
 さて、世界同時革命はこのような『文明の衝突』をどう乗り越えるのか。その青写真を示さなければ、絵に描いた餅になるであろう。
 以上、中核派のみならず日本のとりわけ新左翼の問題点に疑義を呈したが、中核派は果たしてこれらの課題・疑義を世代交代によって乗り越えられるのか。その真価が問われていると言えよう。

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